新世界秩序:アメリカ、ソビエト、EU、そして日本

陰謀論として時々出てくる言葉に、「新世界秩序(NWO, New world order)」というものがある。陰謀論者によれば、それは世界から国境を取り除いて一つの多民族国家を作り、一部の資本家たちが他の人類を家畜として支配するという世界を意味するらしい。


wikiで調べると陰謀論の他に、国際政治学の用語としてポスト冷戦体制の国際秩序を指す、という説明が出てくる。ではこの「新世界秩序」という言葉、国際政治学の用語としてはどのような意味を持っているのか? そしてそれは陰謀論として使われる意味と比較して、どのくらい違うものなのだろうか?

ゴルバチョフ回想録より

ソ連アメリカの冷戦終結に影響を与えたソ連側の重要人物はゴルバチョフ大統領である。ゴルバチョフは自伝を書いており、このゴルバチョフ回想録(下巻)に新世界秩序の説明が書かれている。それはまとめると、


・他国への武力行使の完全排除
・国家間関係を非イデオロギー化し、人類の普遍的価値を優先させる


というもの。
陰謀論と比較すると、「人類の普遍的価値をイデオロギーより優先させる」という点で、国境を取り除いて一つの多民族国家を目指す事につながりそうとも取れる。


日本国憲法との共通点

さて、この「他国への武力行使の完全排除」「人類の普遍的価値を優先」という言葉に聞き覚えは無いだろうか? 日本国憲法には、以下のような文言が含まれている。


武力行使の排除(憲法9条)
日本国憲法は人類普遍の原理に基づくもの(憲法前文)


これはゴルバチョフ回想録に書かれた新世界秩序の内容に酷似している。陰謀論以外の「新世界秩序」という言葉の意味として「ポスト冷戦体制の国際秩序を指す」とあるが、第二次世界大戦当時、つまり冷戦の開始以前から既に存在する思想という可能性がある。

アメリカ大統領のスピーチに出てくる新世界秩序

では冷戦のもう片側、アメリカではどうだろうか?
湾岸戦争当時の大統領、ジョージ・H・W・ブッシュの演説に新世界秩序の名が登場するものがある。
1991年1月29日の演説で、湾岸戦争は「新世界秩序の長年の約束を果たすことができる機会である(The world can therefore seize this opportunity to fulfill the long-held promise of a new world order.)」と表現している。
長年の約束という言葉から、新世界秩序は昔から存在していたと考えられる。この事は、日本国憲法が既にゴルバチョフ回想録の内容を内包している事と一致する。


この演説の内容はいくつかのサイトで全文が書き起こされている。例えば、カリフォルニア大学のAmerican Presidency Projectなどがある。原文を確認したい方はご覧いただきたい。
https://www.presidency.ucsb.edu/documents/address-before-joint-session-the-congress-the-state-the-union-1


EUの立役者、ジャック・アタリの新世界秩序

ジャック・アタリ
ジャック・アタリ
哲学者であり経済学者。仏大統領補佐を務める

そのものズバリ「新世界秩序」という題名(邦題)の本を書いている人物がいる。ジャック・アタリという人物だ。EUの影の立役者と言われ、ミッテラン大統領の補佐官、サルコジ、オランド仏大統領のアドバイザーを務め、マクロン大統領を政治の道に進ませた人物とされる(EU成立にどのような影響を与えたかという情報はすぐには見つからなかった)。
その本から新世界秩序に関する内容を引用しよう。


「帝国にせよ、市場にせよ、今日の世界全体が抱えている数多くの重大な問題を解決する能力を持たないのである。したがって今後、新たな世界秩序が求められることにならざるを得ないだろう。この新たな世界秩序を統治するシステムは連邦制に近い形態を持つものになる可能性が高いと思われる。欧州連合(EU)などは、おそらくその実験の一つと見なすことができる。この連邦的な統治システムに求められるのは、市民の権利や文化の保護については各国政府に任せ、自らは地球全体の利益を図り、各国がその国民を、人類の一員として尊重しているかどうか監視することを使命とすることである。」


ここから見えるのは
・連邦制である事から、統治システムの1つの主権の下に複数の国が結合した状態になる
・地球全体の利益を図る統治システムである
・何らかの監視が行われる
EUが実験場である
ということである。

新世界秩序とは

分割された世界

まとめると、新世界秩序は世界を1つの思想の下に統一しようとしている(表現は国家間の非イデオロギー化/人類普遍の価値を優先/地球全体の利益を図る統治システムなどの揺らぎはあるが)と言えそうだ。これは陰謀論者が口にする、世界から国境を取り除いて一つの多民族国家を作る、という事に近いように見える。


一方、陰謀論者が口にする一部の資本家たちが他の人類を家畜として支配するという方向性は見られなかった。もっともジャック・アタリの著書によれば、「人類の一員として尊重しているかどうか監視する」ようなので、その監視の内容を拡大解釈すれば支配されるように振る舞うのかもしれない。しかし現時点では、何らかの事実が判明しない限り、この部分は陰謀論者の妄想ではないかと思われる。


しかしながら、ブッシュ大統領の「長年の約束」という言葉、そして日本国憲法にも「人類普遍の原理に基づく」という記述がある事を考えると、「ポスト冷戦体制の国際秩序」ではないのではないかという疑問が出てくる。


結局のところ、新世界秩序は存在し、それは先進各国の大統領やその側近による動きにもかかわらず、世界を1つにするという事以外、その全貌は知られていないという事になるだろう。

現代の動き

世界のネットワーク

EUにおいては、移民・難民の受け入れが盛んに行われている。一方で暴動や元々の国民による反発なども発生している。そのような反発の行く先に、brexitがある。EU内の国の国民が難民の急造にNoを突きつけた事を意味する。これは同時に、国境のない世界を目指すことを権力者に近い者たちが国民の意思を無視して推し進めた可能性が高い事もまた意味する。
アメリカでは反グローバリズムトランプ大統領が誕生した。一方日本の安倍首相は「永住権取得までの在留期間を世界最短とする」と移民政策に積極的だ。こうした動きは新世界秩序を軸に考えると、国境のない世界を作る意思に与する者か、それとも反発する者かという視点で見ると、その行動がわかるようになるだろう。


日本国憲法に新世界秩序思想の影響があるとすれば、戦後の統治にそれが色濃く反映されていると予想される。日本の戦後がどのように作られたのかという事について、調査が進み次第紹介する。